蓮葉の露

ヘッドライトに照らされる雨粒

絶叫系を楽しむことができるのは幸せだからである

⚠自殺に関する記述があります

 

人生で一度も絶叫系アトラクションに乗ったことがない。

 

もともと親がそういうアトラクションを好まないらしいのだが、兄弟が小さい頃にジェットコースターで持ちものをなくしショックを受けて以降、さらにアトラクション嫌いに拍車がかかったようだ。遊園地に行っても特に勧められないし、乗り気でない様子を見たり、ものをなくしたときの話を聞いたりして、乗ろうという気持ちが湧くはずもなかった。

そんなわけで私自身は絶叫系の経験がないまま大人になったのである。

 

 

 

先日、気の置けない友人たちと某シーに赴いた。

その道に詳しい方なら、これだけで今から何の話をするか分かるのかもしれない。

 

そう、アレに乗ったのだ。

タワー・オブ・なんとやらに。

 

それが経験なしで初めて乗るのに適しているアトラクションなのか、経験のない私には分からない。

とりあえず百ウン分待ちだかなんだかのクソ長い列に並び、直前まで馬鹿話でゲラゲラ笑いながら過ごした。並んでいる段階から怖くて震えだすタイプもいるそうだが、このときの私は全く怖いとか不安とかなかったのだ(経験がないからだとも言えそうだが)。

 

外から見ても開いたり閉まったりしてるのがなんかウケた。あと雷がうるさい。

 

 

ここで筆者のホラー耐性について注釈を入れておく。

苦手なものは3つである。

  1. 大きい音
  2. ジャンプスケア
  3. 不謹慎さ

まず1、シンプルに大きい音がかなり苦手だ。子どもの叫び声、近くで聞く楽器の音、店の中のデカめのBGMなど、わりと低いレベルでも心がささくれてしまうので、ホラー場面で大きい音を使われるとどっきりどっきりdon don!!になってしまう。

とにかく驚きやすい体質のため、2ジャンプスケアもびっくりびっくりbin bin!!してストレスがかかる。

3の不謹慎さだが、かなり説明が難しい。

過去に入ったお化け屋敷が廃病院をテーマにしたものだった。たくさんの管に繋がれた病人の人形が怖さ演出に利用されているのを見て、「これを怖がらせるのに使うなんて闘病中の人に失礼すぎる……」という事が気になり気分を害した。実際にあるもの、身近に実在する不幸を演出に使用されるのが苦手と言えばいいだろうか。

ちなみに、幽霊ネタや俗に言う「怖い話」には全く何も感じない。血、怪我などグロゴアにも特に苦手意識はない。

これらを総合すると、びっくりすることと怖がらせるためのコンセプトが苦手なため、ホラーは苦手だと言えるだろう。

浮遊感耐性に関しては、飛行機が離着陸で大きく揺れても大丈夫という程度の基準しか持ち合わせていなかった。

また、高所も閉所も暗所も特に苦手ではない。

 

 

 

 

話を戻す。

日が暮れきってしまうまで待ったあと、ようやく順番が回ってきたので、某タワーの室内に入る。

乗る前に演出(ストーリー?)があることを知らなかったため、入って早々3不謹慎が来て予想外のダメージを受けてしまった。

既存のデザインに似た何かを呪いのアイテムとして紹介したうえ、アトラクションまでの怖がらせる演出にエジプトっぽい置物や見たことあるっぽい色んな像がおどろおどろしく展示されているのに嫌な気持ちになったのだ。

これを怖いものとして勝手に使用し怖いイメージを刷り込んでいいのか?とか、どこの国の人間がストーリーを考えたのか知らないが異文化をバカにしているんじゃないか?とか、誰も考えていなさそうなことでモヤモヤした。実はすごく神経質なのかもしれない。

しかもストーリー説明パートには1大きい音2ジャンプスケアのどっちもあって調子が悪くなった。特に1が苦手な人は早めに耳をふさいだほうがいいだろう。爆音で鼓膜が破れる。

 

心臓に疾患がある方は回れ右!的な、これまでのどんな演出よりも怖い看板を横目に、ものものしい雰囲気のフロアを進んでいく。我々を誘導するキャストさんが口角を小さく上げたまま白けた顔をしていた。

そこからも長めの待ち時間があって、次に進んだら今度は前室に整列させられた。なんかアレみたいだ、避難訓練。そこで自分の席を確認し、いよいよ殺人エレベーターに乗り込んだ。

落下の衝撃を受けるにしては硬い席。キモい位置にある肘掛けは掴むための場所か。

中のキャストさんはシートベルトを執拗に確認した(そういう決まりなのだろうが)。そんなに確認する?え、車くらい速度出るの?飛行機でもシートベルトは腰だけなのに?3点式シートベルトを引っ張りまくって確認するの?外れたら首とか折れるくらいぐらい激しいってこと?

オロオロしていたら黄色いヒモ引っ張ってくださーいと言われたが、照明が暗いしオレンジががっているしで色が全然判別できなかったので、とりあえず目についたベルトっぽいものを引いた。どうやらそれで良かったらしい。

 

扉が閉まり、映像が流れる。

『なぜ忠告を聞かなかった……』と責められ、「そんなこと言われても!!」とデカい声が出た。途中で出してもらえるような空気でしたか?

『現世の自分に別れを告げるんだな……』みたいなことを言われて、うるせえなと思ったのは覚えている、その直後そこからさらに上にガーっと上昇し、「嘘でしょ!?」という悲鳴が聞こえた。すぐ落ちるんじゃないんだ。そのあとにフェイントがもう一回あって――フッと足が浮いた。落ちる。

 

 

1回目。怖い。ガクガク止まりながら落ちる。経験のある強い浮遊感を覚える。

2回目。段階的に落ちる。怖い。ここあたりから日常生活ではまず出会うことのない未知の浮遊感がある。身体が危機を感じているという信号が脳にガンガン届く感じ。普通の落下ではないと思った。30メートルくらいと聞いてはいたが、どうも速度が速すぎる。落ちたことがないから分からないが自由落下でここまで加速するものなのだろうか。

怖いのはいい。落ちて怖いのは生き物として当たり前だからだ。

しかし、何度か繰り返されると慣れてくるというか、思考の余裕が出てくる。これが良くなかった。

 

3回目。

勢いよく上昇して申し訳程度に景色が見せられ、一気に落ちて身体が浮いた。落ちる時間が長い。さっきまで叫び声などを出していたが、落下中ふと正気に戻り、もはや叫び声も出なくなった。

いや、正気になったのではなくて、あれは走馬灯だったのかもしれない。

 

永遠のように思えたほんの一瞬、ある冬に亡くなったあの子の声が頭の中に響いた。

 

 

 

 

 

『ごめん、親に今すぐ飛び降りろって言われて、8階から飛び降りて入院してた』

長く連絡が取れなくなり、心配して連絡し続けてようやくもらった返事だった。

 

『せめて最後に君には連絡させてほしいって頼んだけどダメでさ』

本当の最後のとき、あの子は私には連絡してこなかった。

 

『折れた肋骨で内蔵を損傷して。足から落ちたからぐちゃぐちゃに折れた。今はボルトが入ってる。身長が縮んじゃった』

次に会ったときには足に大きな縫いあとがあって、本当にひとまわり小さくなっていて驚いた。

 

『心配かけてごめん。でもお医者さんにも治りが早いって言われたから』

だからなんだって感じだけど、と笑って言っていた。

 

『落ちる場所選んだんだよね。落ちてるときに、あ、死にたくない、って思ったんだ』

 

 

 

 

落ちる。落ちたら死ぬ。

ぐちゃぐちゃになって死ぬ。

私は落下の最中に思う。

 

 

死にたくない。

 

 

 

 

落下の恐怖の何をエンタメとして消費しようとしていたのだろう。

落ちる。

人が死ぬ。

 

何が楽しいのだろうか。

どこが面白いのだろうか。

 

私は強い罪悪感を覚えた。

閉じた瞼の中に涙がにじむ。

 

ごめん。

楽しいわけがない。

落下が面白いはずもない。

 

ごめん。

怖かったよね。

ずっと死にたいと言っていたのに、その瞬間は死にたくないと思うほど怖かったんだよね。

 

それでもあの子は結局死を選んだんだ。

 

 

 

 

いつの間にか落下は終わっていて、私はシートベルトを外してスッと立ち上がる。腰も膝もなんともなかった。

 

こんなの不謹慎だ。

不誠実だ。

楽しかったね、と笑いあっていいものじゃないだろう。

 

そう思ったら、涙が止まらなくなった。

 

 

 

 

出口へ向かう道で、友人たちが私の反応に驚き心配していた。アトラクションが怖すぎて泣いていると思ったらしい。

友人が自殺したことも話していなかったから、実は亡くなった友人から飛び降りの話を聞いたことがあって*1……とは言えなかった。少し迷ったけど言わなかった。みんなに気を遣わせたくなかったのだ。

 

ちょっと変な感じになってしまった空気を変えたくて、アハハ、となんとか笑ってみせたけど、あんまりうまくいかなかった。あの子の葬儀がフラッシュバックして苦しかった。

 

 

 

3. 身近に実在する不幸をエンタメにされるのが不謹慎で苦手。

私は、家族との関係に苦しみ続けたあの子の恐怖を楽しむことなどできなかった。

 

私はもう二度とこの乗り物には乗らない。

ジェットコースターはまだ分からないけれど、垂直落下系のものは避けると思う。

高所からの落下を楽しいと思える日など、これから一生訪れることはない。

 

 

絶叫系アトラクションを楽しむことができる人は、きっと幼い頃に家族と乗って笑い合ったり、友人と叫んで怖かったねと楽しく話したりした「いい思い出」が心の深いところにあるのに違いない。

恐怖がポジティブな記憶と結びついていること。それが絶叫系を楽しむための条件だと思う。

落下の恐怖は、私にとって身近なつらい思い出だったというだけだ。きっと多くの人がそうではないのだ。

 

例えば自分が交通事故に遭った経験があったとしたら、ハイスピードな乗り物アトラクションには乗れなくなるだろう。

水難で大切な人を亡くしていたら、遊びで海や川に入るのは怖くてたまらなくなるだろう。

火災で家を失っていたら、キャンプファイアを囲むのは苦痛になるだろう。

そういう種類の「人を選ぶ」エンタメが、気づいていないだけで他にもたくさんある気がする。

 

 

 

私は建物の外に出て涙をぬぐいながら、与えられたエンタメをなんの引っかかりもなく楽しめるということは、実はすごく幸せなことなんだろうな、と思っていた。

 

ここまでの私の話を「結局怖かっただけでしょ笑」と思ったのなら、それもまた幸せなのだ。

 

 

 

 

 

*1:友人の死因は飛び降りではない。ぐちゃぐちゃになって長期入院し、完治して元気になったものの数年後に別の方法で亡くなった。このことについてはいつかここで書きたいと思っているが、なかなか心の整理がつかないでいる。